レイニーデイ・イン・ニューヨーク

昨日はイオンシネマ板橋にて『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』を観た。レイトショー割引で1300円。

クリント・イーストウッドと並ぶ、映画撮ったきり老人ウディ・アレン監督84歳の新作。私生活のスキャンダルで映画界から総スカンをくらい、アメリカではいまだに未公開らしいが、ヨーロッパと日本では順次公開の運びに。
ところでウディ・アレンのスキャンダルって何だっけ?と、「ウディ・アレン スキャンダル」で検索して、いくつかの記事をざっと読み返してみたが、なかなかに複雑でよく分からない。ヒマな時に、人物相関図と時系列を書きながら整理してみようと思う(かなりのヒマだ)。

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そんなことより『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』。そんなことよりというか、そんなだからこそというべきか、ただもうウットリと、ウディ・アレン、枯れ知らずにして熟練のワザを見せつけられる、あまりにも素敵なロマンティック・コメディだった。

ウディ・アレン監督は、雨のニューヨークに絶妙にジャズのスタンダード・ナンバーを合わせてくる。
帰ったからネットで調べてみたら、オープニングは、ビング・クロスビーの歌う「I Got Lucky In The Rain」。ノスタルジックで良いなぁ。
そしてメインは、エロール・ガーナーのピアノ・ジャズ。中でも印象的に使われる「Misty」は、ウディ・アレンと並ぶジャズ好き監督クリント・イーストウッドの『恐怖のメロディ』で、僕は知った曲だ。
アレンとイーストウッドって、作風は全く違うけれど、実は気が合いそうだから、対談本とか企画して欲しいものだ。「映画とジャズと女たちを語り尽くす」みたいなの。
ギャツビー(ティモシー・シャラメ)がピアノで弾き語る「Everything Happens To Me」も美しい。この曲は僕はドナルド・バードがトランペットで吹いているのを持ってるけど、こんなにユーモラスな歌詞があったとは。まさに『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』のテーマのような、すれ違いコメディソングじゃないか。

ニューヨーク富裕層の大学生で名前がギャツビーとは「華麗なるギャツビー」ですか?と思ったら、母親からある秘密を打ち明けられる。
この母の告白をどう捉えるかだ。純粋培養されたお坊ちゃんなら傷つくかもしれない。しかしギャツビーはやさぐれ気取りだから目の覚める思いをする。さりげないがとても良いシーンだった。

帰り道、雨が降ってきたけれど「レイニーデイ・イン・ネリマーク」というワードを思いついて、気分良く歩いた。

忘れても仕方のない1980年代カントリー映画。

7月6日、チャーリー・ダニエルズの訃報が伝えられた。
サザン・ロック、カントリー・ロックの分野で長年にわたり活躍。巨漢に髭面でフィドルの名手でもある好漢でした。享年83歳。

最近のこのブログの流れで、チャーリー・ダニエルズって、何かのカントリー映画に出てた気がするんだけど、何だったかなぁ……と調べてたら、そうだそうだ『アーバン・カウボーイ』の主な舞台であるカントリー・バーで演奏してるのがチャーリー・ダニエルズ・バンドだった。

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アーバン・カウボーイ』の日本公開は1980年。僕はテレビでしか見たことないと思うけど、どうだったかな。ちょっと記憶があいまい。
……そのくらい、どーでもいい映画です。だってさ、遊技場のロデオ・マシーンで対決する映画なんすよ。本物のロデオじゃなくて、酒場にあるゲームですからね。それをジョン・トラボルタとスコット・グレンが意地になってガッコンバッタンと。どーでもいいよ。
あ、でもデビュー直後のデブラ・ウィンガーが可愛いです。デブラ・ウィンガーが非常にセクシーにロデオ・マシーンに乗ります。

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でその酒場のハウス・バンド的に出演してたのがチャーリー・ダニエルズ・バンドだった。もちろん、最初に見たときはそんなことは知らなかったけれども。トラボルタとチャーリー・ダニエルズのツーショット。後ろのツアーバスがでかいっすね。

どーでもいい映画だけど、チャーリー・ダニエルズの雄姿がスクリーンに残された貴重な映画でもあるんですね。今度観る機会があったら、チャーリー・ダニエルズ・バンドに注目してみたいと思います。

忘れじの1980年代カントリー映画。

前回『ワイルド・ローズ』で、カントリー映画の系譜として、『さよならジョージア』を思い出したんだけど、調べてみたらDVDどころか、VHSビデオすら出てなかったようだ。これじゃ誰も覚えてないな。

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さよならジョージア』の日本公開は1982年。てことは僕は中学生ですかね。あんまり覚えてないけど、ぼんやりとクリスティ・マクニコルが可愛かったなぁと。のちの言葉で言うと「妹萌え」映画です。
「隠れた名作」なんて持ち上げるつもりはないけど、こういう「ちょっといい映画」が大事なんです。また観たいな。


ついでに書いておくと、クリント・イーストウッドの『センチメンタル・アドベンチャー』もまた、不当な扱いを受けた映画だ。
日本版ポスター画像が見つからないから、アメリカ版ポスターで。

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センチメンタル・アドベンチャー』の日本公開は1983年。アメリカでも日本でも、批評家受けが悪かった上に、興行的にも大コケ。しかしクリント・イーストウッドの熱心なファンにだけは、とても愛されている不思議な作品だ。
当時は地元の映画館で公開されず、僕がこの映画を観たのは、上京してから。池袋文芸坐のオールナイトでプログラムに入っているのを見つけて喜んだものだ。たしか音楽映画5本立てで、他に『クロスロード』と『ローズ』を観た記憶があるが、あとの2本は思い出せない。たぶん寝ちゃったんだと思う。

『センチメンタル・アドベンチャー』は、幸いその後も何度も観る機会があった。1930年代の南部に於いて、黒人のライブハウスで白人のミュージシャンがブルース・ピアノを弾くとか、さりげないけど意味深かいシーンだったなあと、あとから気付くよね。

ワイルド・ローズ

昨日はシネ・リーブル池袋にて『ワイルド・ローズ』を観た。
1日サービスデーにつき1200円。

スコットランドはグラスゴーで、ムショ帰り、子供二人のシングルマザーが、カントリー歌手を目指して奮戦する。監督はトム・ハーパー。

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まあ泣いたよね。ボロ泣きっすわ。だけどカントリー音楽を志す人間を描いた映画っていくつもあるけど、なんでダメ人間ばっかりなんだろ。
『クレイジー・ハート』のジェフ・ブリッジスとか、『センチメンタル・アドベンチャー』のクリント・イーストウッドとか、『さよならジョージア』のデニス・クエイド(懐かしい映画を思い出したな)とか、もう揃いも揃って不器用で酒飲みで、だらしのない人間たち。
この映画のローズ(ジェシー・バックリー)もまた、ずっぽりその系譜にして、スコットランドのグラスゴーからナッシュビルを夢見てるんだから、さらに変わり者だ。まずスコットランドにカントリー音楽のマーケットがあるってことにビックリだし。

貧しいからさ、生活するだけでいっぱいいっぱいなんだよ。カントリー歌手目指すったって、どこからどうすりゃいいかも分からない。
だけど、様々な人との出会いの中で、人間として成長していくローズ。前半と後半で、生活から子供たちとの接し方から、ローズが変わっていく姿がしっかり描かれている。
でもちょっと周囲の人々が善人すぎるかな。現実社会って、こんなに良い人で溢れてる?ローズは恵まれている。本人が気づいてないだけで。

後半でローズが訪れるカントリー音楽の聖地、テネシー州ナッシュビルという土地と、カントリー音楽の殿堂「ライマン公会堂」の意味合いをある程度は知らないと、クライマックスはピンとこないかも知れない。僕だって『センチメンタル・アドベンチャー』とか、ハンク・ウィリアムズの伝記映画『アイ・ソー・ザ・ライト』とか、いくつかの映画で見知った知識しかないけれど、感動しちゃったね。
ジェシー・バックリー自身の歌声も素晴らしい。

ハイ・フィデリティといえば・・・

『15年後のラブソング』の原作は、イギリスの小説家、ニック・ホーンビィ。他の映画化作品としては『ぼくのプレミア・ライフ』『ハイ・フィデリティ』『アバウト・ア・ボーイ』などがある。

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しかし『ハイ・フィデリティ』(2000)がもう20年も前の映画とは、なかなかショッキングだけれど、それはまあ飲み込んで・・・。
『ハイ・フィデリティ』は今年、アメリカでテレビ・シリーズとしてリメイクされた。

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映画版ではジョン・キューザックが演じた中古レコード店の店主役は、女性に置き換えられ、ゾーイ・クラヴィッツが演じる。
ゾーイ・クラヴィッツ!もちろんレニー・クラヴィッツの娘さんです。
あのレニー・クラヴィッツの娘が中古レコード店の店主とは、ワクワクが止まらないキャスティング。
ゾーイ・クラヴィッツは、レニーのファンなら幼い頃から知っている。女優さんとなり、6番手、7番手くらいのキャスティングでじわじわと人気と実力をつけて、この数年で主役クラスになってきたのだ。
あのゾーイちゃんが、立派になったなぁ。

ところでゾーイ・クラヴィッツの母親は?というと、レニーが若き日に結婚していた女優のリサ・ボネット。
そしてリサ・ボネットは、映画『ハイ・フィデリティ』(2000)にも出演していた!なんという巡り合わせ。そして母娘そっくり!

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ドラマ版『ハイ・フィデリティ』(2020)は、米Huluで配信。日本公開は今のところ何も情報がないけれど、そのうち見られるでしょう。
そしてゾーイ・クラヴィッツは、来年公開予定の大作『バットマン』で「キャットウーマン」を演じることが決定している。
あのゾーイちゃんが、立派になったなぁ。

15年後のラブソング

昨日は、ヒューマントラストシネマ有楽町にて『15年後のラブソング』を観た。日曜夜割1400円。

監督ジェシー・ペレッツ、原作ニック・ホーンビィによる、アラフォー男女のラブコメ。

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傑作とはいわないよ。だけどメチャメチャ良かったなぁ。
主人公のアニーは、イギリス港町の博物館に勤務するアラフォー女性。
長いこと同棲中の彼氏ダンカンは、大学の講師。二人とも裕福とは言えないまでも、まあインテリ層ではあるのかな。
彼氏のダンカンは、90年代にそこそこ活躍して突如姿を消した米オルタナティブ・ロック歌手、タッカー・クロウの熱狂的なオタクで、ネット上でタッカー研究サイトを運営してる。
アニーは、そんなダンカンにうんざり。しかしあるきっかけで、アニーは消息不明のタッカー・クロウ本人とメル友になる・・・。

アラフォー男女の恋愛で、現実的に子供を産む産まないの選択など、様々な問題を提起しながらも、ドロドロになることなくシチュエーション・コメディとして描かれていて、とても楽しいのです。

アニー、ダンカン、タッカーのうち、僕はもう間違いなくダンカン型。音楽好きが愛してやまない映画『ハイ・フィデリティ』の原作者、ニック・ホーンビィなので、またしても音楽好きのツボを刺激しまくりだ。
ダンカンの言動がいちいち、耳が痛く、胸が痛くて、お尻がむず痒い。
タッカー本人を目の前に、タッカー持論をぶちまけてしまうダンカン。やめとけダンカン、バカ。お前イタすぎるぞ、でも・・・分かる。

タッカー・クロウを演じるイーサン・ホークがいい。彼自身『リアリティ・バイツ』など、90年代には青春スターしてたから、現在の中年の姿が味わい深い(イーサン・ホークはずっと活躍しているけれど)。
それに隠遁生活中の元ロッカーというと、人間嫌いで頑固でアル中パターンかと思いきや、彼は問題を抱えつつも基本的にナイスガイなのだ。

架空のロッカー、タッカー・クロウの、いかにも90年代オルタナ風な劇中歌は、イーサン・ホーク自身が歌っているようだ。
1990年代も、既に「歴史」になったとはなぁ。

ふぉんとの話、でざいんの話。

給付金も入って、これで夏を越せるとホッと息をついていたら「モリサワフォント」から契約更新のお知らせが届き、遠くを見る。忘れていたわけじゃないが、思い出さないようにしてのに、容赦なく届く。
パソコンでデザインの仕事をしていると「フォント」は必須だ。僕も最大シェアの「モリサワフォント」を年間契約で使用している。いわゆるサブスクってやつですかね。だから僕なんかもう6、7年前からサブスクやってます。で、毎年の契約更新料が、アパートの契約更新料なみの負担になってる。ふぉんとにもう。

そういえばパソコンで仕事をする前は「写植」というのを使っていた。写植時代は「写研」のフォントが圧倒的シェアを誇り、「モリサワ」ってフォントの会社が関西にはあるらしいね、という認識だった。
ところがデジタル化を拒んだ「写研」に対し、積極的にデジタル化を推進した「モリサワ」がみるみる業界トップに踊りでたのだ。
その結果、こんなニュースを目にした。

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一時代を築いた「写研」の解体工事が始まりました
(朝霞市・和光市 号外NETより)
写研という会社はまだ存在しているが、埼玉工場は必要なくなったのだろう。和光市にあった「写研」埼玉工場は、僕の散歩コース内にあり、以前から人の気配のない建物を眺めて、栄枯盛衰を感じていたものだ。
ふぉんとにもうね。


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それでは今日は、力強いフォントのタイポグラフィが印象的なボブ・ディラン「時代は変わる」を聴きながらお別れです。

このジャケットは、物憂いげな表情の目線に、文字間・行間をキチキチに詰めたタイポグラフィをギュッと固めることで、画面に緊張感を出した非常に優れたデザインだと思うんだけど、僕なんかが、こういうデザインを提出しても、クライアントから修正されたりします。

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たとえば、このくらいガッツリ修正が入って、もう最初に作りたかったイメージがどこかに消えてしまって心が折れること、よくありますね。
なんてことを考えているうちに曲が終わってしまいました。
ふぉんとにもう。

デッド・ドント・ダイ

昨日はユナイテッド・シネマとしまえんにて『デッド・ドント・ダイ』を観た。レイトショー割引で1400円。

映画館が営業再開したのは嬉しいが、僕の方もすっかり干上がっちゃって、身動き取れず。でもドイツの文化大臣が言った「文化は良き時代においてのみ享受される贅沢品などではない」という言葉を思い出し、そうだそうだと、なけなしのお金を握りしめて映画館へ。

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ジム・ジャームッシュ監督が、いわゆる「ジャンル映画」を作ったらどうなるのか、というのがこのジャームッシュ版ゾンビ映画『デッド・ドント・ダイ』だ。

ビル・マーレイ、アダム・ドライバー、クロエ・セヴィニーら豪華キャストの演技がとにかく楽しい。そういえばビル・マーレイは『ゾンビランド』にも出てたなとか、スティーヴ・ブシェミ、おじいちゃんになっちゃったなとか、トム・ウェイツもほんとはゾンビ側やりたかったんじゃないかなとか、しみじみニヤニヤしながら見るゾンビ映画があってもいいじゃないかと思う。

この映画のゾンビが切ないのは、生前の記憶をわずかに残している点だろう。対人関係や、生前に大事にしていたものを引きずってゾンビになる。ギターだったり、ダイナーのコーヒーだったり、テニスだったり、ファッションだったり、スマホだったり。これは哀しいなぁ。

そしてクセ者キャストの中でも、ひときわ異彩を放つティルダ・スウィントン(役名もゼルダ・ウィンストンと、ほぼ本人役)。日本刀を振り回す謎の北欧風美女。この人だけジャンルが違うじゃん。あの人、たぶん本当にアレですね。顔がもうね。本当のアレ系です。

約3ヶ月ぶりに映画館で映画を観て、楽しさを思い出しつつ、電車賃を節約するために、レイトショー終わりの夜の町をゾンビのようにフラフラと歩いて帰った(片道5キロくらいですかね)。

誇り高き悪魔、70歳。

月曜日にNHKで放送された『誇り高き悪魔 KISSジーン・シモンズ』を録画してあったのを思い出して見た。

これは海外制作のドキュメンタリーではなく、昨年末の日本ツアーに密着した日本のNHK(BS1)制作で、なかなか興味深いものだった。

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僕はKISSを全然まともに聴いたことはないんだけど、ジーン・シモンズも70歳となり引退を決意、という冒頭は引き込まれるものがある。

ジーン・シモンズは、必ずセットを組んでいる最中の会場に現れ、設営スタッフと細部の確認を怠らない。東北の会場では「こんな小さな会場でやったことがない」と言いつつ、気分を害してる風は全くなく、そこで出来る全力のエンターテイメントを届ける。
一方、東京では音楽配信サービスの会社と自ら打ち合わせ。新しいビジネスも考えている。ジーン・シモンズはロゴの商標化と、グッズ展開により、売上1000億以上とも言われるビジネスマンでもあったのだ。
これだけ巨大なショービジネスになっても、自ら「ボス」として動いてる姿には感心してしまう。

そして20キロある衣装でステージを終え、肩で息をしながら楽屋に向かう白塗りの男は、ベテランの歌舞伎役者のようだった。


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というわけで今日は、僕が持ってる唯一のKISS関連のCD、KISSのトリビュート・アルバム『KISS MY ASS』(タイトルがいいですね)より、レニー・クラヴィッツで「ジュース」を聴きながらお別れです。

女帝 小池百合子

石井妙子『女帝 小池百合子』(文藝春秋)を読んだ。
本体1500円+税。

最寄駅のA店は入荷なし(または売り切れ)、B店では大量平積み。
面白いと評判なので読んでみようと思ったが、読み終わった瞬間に要らなくなる気もする。でも都知事選の前に一応読んでおくかと購入。

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とにかく面白くて夢中で読んだ。執念の取材によるノンフィクションにして、「物語」としての構成力と文章力がものすごい。
この本は、話題になってる学歴詐称を含めた「暴露本」という面もある一方で、何ひとつ武器を持たなかった少女がトンチとホラだけで頂点に昇りつめる「長靴をはいた猫」的な物語でもある。「ハイヒールをはいたタヌキ」とでもいうか。

昨日、カイロ大学の声明により、小池百合子の大学卒業は認められた。一般的には「なんだ学歴詐称はデマかよ」と一件落着だが、この本を読んだ人なら、そう単純な話じゃないことが分かる。むしろ、ははーん、都知事選出馬表明前にやりましたね小池さん、という方向での納得だ。

学歴詐称疑惑に関しては、序盤の読みどころで、最も面白いパートだ。1970年代のエジプトを舞台にした、若い女性の青春物語だから、どこかロマンさえ感じる、スケールの大きなホラ話だ。
しかしこの件は、過去に何度も疑惑と検証と否定が繰り返されてきており、カイロ大学が何度も認めてる以上、もうしょうがないっていうか、卒業ってことでもいいと思う。

小池百合子の物語で、本当に怖いのは政界入りしてからだ。
次々と時の権力者に擦り寄り、あるいは切り捨て、幾度の転機をトンチとホラで乗り越えて、得意のカタカナのスローガンと、仮想敵を作ってマスコミと大衆を煽ることで、頂点に昇りつめていく。

ここではマスコミと大衆(僕たちのことです)のマヌケさが浮き彫りになる。政治とはなんだろうか、選挙とはなんだろうか、とまで考えてしまう。小池さんに投票したかどうかは別にして、僕もしっかり考えて投票してきただろうかと、反省する。

『女帝 小池百合子』はものすごく面白い本だが、難点は、石井妙子さんの構成力が見事過ぎて、ノンフィクションの範疇を超えてしまってる点だろう。いくらなんでもこんな政治家が本当にいるのだろうか、信じるか信じないかはあなた次第、みたいに戸惑ってしまった。


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それでは今日は、サンタナで「ブラック・マジック・ウーマン/ジプシー・クイーン」を聴きながらお別れです。

火の鳥 和田ラヂヲ編

和田ラヂヲの『火の鳥』(マイクロマガジン社)を読んだ。
本体1000円+税。

和田ラヂヲの『火の鳥』が面白そうだ、読んでみたいと探し求める。
徒歩30分圏内には、最寄駅に2軒、両隣駅に1軒ずつ、隣の地下鉄線の駅近辺に1軒と、おもには5軒の新刊書店がある。
いずれも中型店舗で、なんでも売ってるわけではない。だから、読者としての勘を働かせ、A店はマンガが強い、新書だったらB店かな、文庫が充実してるのはC店だ、とアタリをつけていくのだが、全然当たらない。今回もマンガが強いと思われたA店に無く、プランが狂った僕は、まぼろしの『火の鳥』を探し求めて夕方の町を歩き回る。
途中から、この探し求める感じこそ「火の鳥」ではないかと思い、あきらめずに3軒目でようやく見つけた。

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よくみると右上に「原作:手塚治虫」。オビには「誰が何と言おうと、これは手塚プロダクション公式トリビュート作品なのだ!!」とある。
なるほど、パロディといわず、トリビュート作品なのね。

和田ラヂヲのマンガを買ったのは、たぶん『ロッキン・ラジヲ』以来だけど、相変わらずのオフビートなギャグがおもしろい。
でも・・・「火の鳥」、あんまり出てこないじゃん。ほぼいつもの和田ラヂヲのマンガじゃん。焼き鳥屋の名前が「火の鳥」とか無理やりじゃん。とも思ったけど、よく考えたら手塚治虫の「火の鳥」も同じくらいの登場頻度かもしれないな。時々出てくるから有難いってていう。
そして、こういうパロディ(トリビュートだった)も許しちゃう、手塚プロダクションの懐の広さもスゴイと思う。


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それでは今日は、ドナルド・バードで「フライ・リトル・バード・フライ」を聴きながらお別れです。

いったい何が起こってるんだか。

歌手は社会問題なんかに口出さずに、愛が勝つとか、負けないでとか歌ってればいい、と言われる世の中ですが。


「ホワッツ・ゴーイン・オン」は、マーヴィン・ゲイ、アル・クリーヴランド、レナルド・ベンソンの共作となっている。
ウィキペディアによると、1970年、サンフランシスコで反戦運動を行なっていた若者と警官隊の衝突を目撃したレナルド・ベンソンは、クリーヴランドの協力を得て歌詞を書き始めた。それを聞いたマーヴィン・ゲイが、ベトナム戦争に出征していた弟からの手紙の影響などを、歌詞に加えて、メロディも仕上げたのだそうだ。
 
  デモ隊の行列 彼らが掲げるスローガン
  暴力で僕を痛めつけるのはやめてくれ
  話せば判るはずさ
  Oh 一体 何が起こっているんだい




「ハリケーン」の歌詞は、ボブ・ディランとジャック・レヴィの共作。
1966年、世界チャンピオンになるだろうと期待されていた黒人ボクサー、ルービン・ハリケーン・カーターは、人種偏見に基づく冤罪で獄中生活を強いられる。1975年。ボブ・ディランは、ハリケーンの著作を読み、さらに獄中の彼と面会し無実を確信。ハリケーンを救うため、こうした状況を作り出した社会に抗議を込めて歌った。

  背広とネクタイをつけたすべての犯罪者たちは
  自由にマーティーニを飲み 日が昇るのを見る
  一方ルービンは三メートルの独房に仏陀のようにすわる
  生きながらの地獄に無実の男
  これがハリケーンのものがたり
  だがまだおわったのではない 彼の名前がはらされ
  ついやされた時間が彼にもどされるまでは




「オハイオ」は1970年、ニクソン大統領によるカンボジア爆撃発表に反対した大学生が、抗議活動中にオハイオ州兵から銃撃を受け、4人が死亡する。この事件の報道写真を見たニール・ヤングは、すぐに歌詞を書き、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとしてレコーディング。デヴィッド・クロスビーは録り終えたとき、声を上げて泣き出したという。

  鉛の兵隊とニクソンがやって来る
  ついに僕らは孤立してしまった
  この夏僕らはドラムの音を聞いた
  オハイオで4人の死者が出たんだ

ドナルドとウォルターの青春。

ロック界の藤子不二雄こと、ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの「スティーリー・ダン」結成以前の音源が発売された。

フェイゲン&ベッカー・コンビの初期音源は、今までも切り売りされてきたソングライター時代のデモ音源『Early Years』と、インディーズ映画『You Gotta Walk It Like Talk It』の映画音楽の2種がある。
今回はその2枚に加え、初出し音源がドドーンと19曲も入った、その名も『Young & Innocent Days -Complete Recordings 1968-1971』、二枚組全37曲コンプリート盤ときた。

ドナルド・フェイゲンに言わせると「たくさんの人たちがなんとかしてあれを聴いてみたいと思うっていうのが驚きだね。まったく恥ずかしい限りのものなのに」という黒歴史の音源だ。

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『Young & Innocent Days -Complete Recordings 1968-1971』
何といっても全37曲、約2時間のボリューム感がすごい。もちろんどの曲も当然「スティーリー・ダン」のレベルには達していない。ゴツゴツの原石のままだ。しかしコレはコレでものすごく良い。ドナルド・フェイゲンさんご免なさい。でも本当に良いんです。もちろん後のスティーリー・ダンを知ってるからこそ、ではあるけれど。
噎せ返るような青春の熱がこもったサウンド。この野暮ったさがたまらない。売れなくたって妥協はしないからな、という文学的な歌詞とひねくれたメロディに胸が熱くなる。


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ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの出会いは、ニューヨーク州のバート大学時代。1967年のある秋の日、ドナルドは、音楽サークルの部室から聴こえてくるブルース・ギターに耳を奪われる。
部室を覗くと、童顔でメガネをかけた金髪の少年が赤いギターを弾いていた。その少年こそウォルター・ベッカーだった。
ドナルド20歳、ウォルター18歳の秋である。

共にジャズ・ファンで、ビートニク文学とSF小説を愛読し、シニカルなユーモア・センスを共有する二人はすぐに友達になる。
大学を卒業した二人は、ニューヨーク中の音楽出版社に売り込みを始めるが、ルックスが「二匹の昆虫」とも「ヤクづけの図書館司書」とも表現された酷さのうえ、難解な歌詞と奇抜なメロディがまったく理解されずに、「これはウケないね」と追い返される日々。

結局二人は1971年、オレらの曲を誰も歌ってくれないなら自分で歌うしかないねってことで、新天地ロサンゼルスに向かい「スティーリー・ダン」を結成することになるのだ。

こんな時だからドナルド・サザーランド その6

「ステイホーム」も終わりが見えてきて、早く日常に戻りたいと願いつつ、前のように仕事をする自信を失ってる今日この頃。いや別に前は忙しかったというわけじゃなく、生活リズムの問題ですけどね。

というわけで、俺んちライブラリーのネタ切れと共に「こんな時だからドナルド・サザーランド」シリーズも今回で終わりです。

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『SF/ボディ・スナッチャー』(1978)
久々に見たら面白かったなぁ。4度も映画化されているジャック・フィニィの『盗まれた街』のフィリップ・カウフマン監督版。
隣人達が、宇宙から来た生命体と入れ替わっていく、っていうやつ。

見た目は変わらないのに、何かが前と違うという不気味さ。だけどドナルド・サザーランドと、レナード・ニモイ(「スター・トレック」のミスター・スポック)、ジェフ・ゴールドブラム(「ザ・フライ」のハエ男)のスリーショットは、おまえら全員あやしいからな!と思う。
もともとドナルド・サザーランドって、レプティリアン(爬虫類型宇宙人)みたいな顔してるからね。

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でもこの映画の宇宙生命体って微妙で、凶暴性も特殊能力もない。しかもどうやら宇宙から来た記憶と、人間の記憶が混在できていて、案外と社会性があり、彼らなりに秩序ある行動をとってる。
繁殖方法が地球人からすると気持ちが悪いというだけで、これならまあ入れ替わってもいいかな、という気になっちゃう。
ジェフ・ゴールドブラムに詰め寄られたら逃げるけど、ブルック・アダムスから「怖れることはないのよ」と誘われたら、じゃお願いします、と僕は言うかもしれない。
ボディ・スナッチャーと共存する社会。アフター・ボディ・スナッチャー。ボディ・スナッチャーされても、新たな映画や音楽が楽しめるならそんなに悪くないのかなと。

こんな時だからドナルド・サザーランド その5

オカルト映画って苦手なんだけど、『赤い影』はわりと好き。全然怖くないから。オカルト映画は怖がらせてナンボだろ、という意見もありましょうが、このくらいのムード・オカルトでいいんです、僕は。

そしてフェリーニや、ニコラス・ローグ監督と、ヨーロッパの映画にも積極的に出演する、ドナルド・サザーランドの芸域の広さね。

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『赤い影』(1973)
調べて見たら1973年制作なのに、日本初公開は1983年になってる。逆になんで10年も経って公開されたのかな。
怖くないといっても、レストランのトイレで、知らない盲目の霊媒師お婆ちゃんから「亡くなった娘さんが見えますよ、一緒にいますよ」なんて一方的に告げられたら、ゾワッとするよね。ホラー映画的なショッキングな映像はなくとも、妙なリアリティで精神が乱れていく感じ。

ニコラス・ローグ監督が張り切り過ぎて、カットバックを多用した語り口が分かりにくかったり、分かったところで結局なんなん?とは思うけれど、とにかくベニスのゴシック建築と、迷宮のような町並みが美しくて、『カサノバ』とは逆に、ロケ撮影ならではの観光映画でもある。

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ドナルド・サザーランドはイギリス人の考古学者で、ベニスの古い教会の修復を請け負っている。で奥さんがジュリー・クリスティなんだけど彼女がまあ色っぽい。こないだ見た『コールガール』のジェーン・フォンダといい、『赤い影』のジュリー・クリスティといい、70年代の女優さんて素敵だよなぁと、改めて気づいた今日このごろです。

ちなみにウィキペディアによると、『赤い影』は「英国映画業界人が選ぶイギリス映画ベスト100」(タイムアウトロンドン)第一位、「映画に出てくる名セックスシーンベスト10」(デジタルスパイ)第一位、と二冠に輝いたそうです。
あと「僕がわりと好きなオカルト映画」第一位ですかね。わりと。

こんな時だからドナルド・サザーランド その4

そんな、どっちかというと気持ち悪い顔のドナルド・サザーランドを、フェデリコ・フェリーニ監督は、なんだってまた稀代の好色男「カサノバ」にしようと思いついたのだろうか。

調べたらこの映画、1976年の制作なんだけど、日本公開は1980年になってる。どっちにしろ僕は間に合ってなくて、テレビで見たんだけど。
最初はたしか深夜枠で、長い映画だから二週に分けて放送してたのを覚えてる。そして面白くてビックリした。

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『カサノバ』(1976)
テレビで初めて見た時、僕はたぶん高校生くらいで、まだフェリーニ監督のこともよく知らずに、『カリギュラ』(1980)みたいなエログロ映画かと思って見たことはココだけの話だ。

たしかにエロティックではあったが、次から次に映し出されるイメージの洪水は、自分の部屋の14インチのテレビで見ても圧倒された。エロ映画じゃないじゃん、という失望以上に見入ったのだった。

18世紀ヨーロッパの貴族社会は、全て巨大セットを作っての撮影だそうで、絢爛豪華でありながら、あえて舞台装置丸出しの「ハリボテ感」も混在し、それがあの独特の映像を作っているのだろう。

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その頃、僕がドナルド・サザーランドという役者を知ってたかどうか微妙だけど、どぎついメイクのインパクトは大きかった。えっカサノバってこんな顔なの?と思いながら、大勢の中にいても妙に目立つ佇まい、
ユーモアとペーソスあふれる表情と所作に、なんかスゲーぞ、この役者は、となったのだ。

フェリーニの映画の中でも特にエンターテイメント色の強い、好色一代男の悲喜劇。あらためて見ると、サザーランドの役者人生にとっても、これはかなり冒険で、大変で、重要な仕事だったんじゃないかな。

こんな時だからドナルド・サザーランド その3

好き嫌いはあるにせよ、ドナルド・サザーランドは、いわゆる二枚目俳優じゃないってことでいいと思う。どっちかというと気持ち悪い顔だ。
『マッシュ』『戦略大作戦』は、その風貌を生かしてエキセントリックな役柄を演じていたけれど、『コールガール』の刑事/探偵役は、実直な男だ。でもそうなると、なんだか怪しく見えてしまう。

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『コールガール』(1971)
クレジットはジェーン・フォンダに続く二番手だが、原題の『Klute』は、ドナルド・サザーランドの役名、ジョン・クルートの「クルート」なので、実質主役である。
失踪した男の行方を捜すために、ペンシルヴァニアの田舎からニューヨークに派遣されたサザーランドは、唯一の手掛かりとなるコールガールのジェーン・フォンダと接触する。

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このクルートという男、なんだか掴みにくいのだ。これがポール・ニューマンやスティーヴ・マックィーンだったら、見てる方も「この男はきっと真相を突き止めるだろう」となるのだが、ドナルド・サザーランドの場合「はい、実は真犯人でした」という可能性さえ感じてしまう。
ほとんど表情がない上に、素性も分からず口数も少なく、捜査のスタイルも無骨で、キレ者なのか、ただの田舎探偵なのか分からない。盗聴したり尾行したりでコイツ、ストーカー体質じゃないのかと思う。

ところが、初めは嫌悪していたジェーン・フォンダが徐々に惹かれていくのと同じタイミングで、だんだんイイ男に見えてくるから不思議。
ヒモのロイ・シャイダーをボコボコにして、タフガイぶりも見せたり。

ニューヨークを舞台にしたハードボイルド・ミステリー的な味わいなんだけど、ミステリーとしてはスジが分かりにくい。だけど改めて見直したら、かなり前半で犯人をバラしてたから、謎解きは放棄してる。
都会に生きる孤独な女と男のサスペンス・ドラマ……ドナルド・サザーランドは、こんな映画も出来るってのを見せた、初期の佳作です。

こんな時だからドナルド・サザーランド その2

一時期『24 Twenty Four』シリーズのヒットで、キーファー・サザーランドが大人気になって、親父を抜いたかと思われたが、いやいやドナルド・サザーランドの個性と、役者としてのスケール感には、まだまだ遠く及びません。
ドナルド・サザーランドは『24』の大ファンで、家族で食事中にうっかり『24』のネタバレを話したキーファーに激怒して、家から追い出したという、微笑ましいエピソードもありますが。

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『戦略大作戦』(1970)
よく考えたら「戦略」と「大作戦」って、意味がカブってるような気がするな。それはともかく、こんなポスターだから戦争大作っぽいけれど、いや戦争大作には違いないけれど、これはコメディです。
オープニング・クレジットでは、クリント・イーストウッド、テリー・サバラス、ドン、リックルズ、キャロル・オコナー……アンド、ドナルド・サザーランドと、5番手だけど「アンド」が付いたら大したもんです。実質イーストウッド、サバラス、サザーランドの3人が主演。

第二次大戦中のヨーロッパ。米軍二等兵イーストウッドが、捕虜のドイツ将校を酔わせて、大量の金塊の保管場所を聞き出す。
この話に乗っかったアウトロー兵士たちが、金塊を強奪するため、敵陣の戦線を突破していく。ヤツらに戦争の大義も愛国心も関係ないのだ。

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ドナルド・サザーランドは、はぐれシャーマン戦車3台を率いる戦車隊隊長。ヒッピー的な風貌の変わり者で、イーストウッドらの話を聞きつけて加勢を申し出る。いい加減そうな男だが、戦車を持ってるのは強い。『マッシュ』の軍医とはまた違う方向のアウトローだ。

ラスト。ドイツ軍のタイガー戦車に向かって、西部劇の決闘さながらに歩いて行くイーストウッド、サバラス、サザーランドの3人。
いやなんかカッコつけてるけど、正々堂々っぽく歩いてるけど、あんたら金塊がどうしても欲しいだけだからな!

こんな時だからドナルド・サザーランド その1

そろそろ「ステイホーム」にも終わりが見えてきた気配。とりあえず、赤江珠緒さんがTBSラジオ「たまむすび」の生放送スタジオに復帰した時が、収束じゃないかと思ってる。

そんなわけでまた、俺んちライブラリーから映画を見る企画。
こないだの「ブルース・ダーン」特集は、誰だよそれ、との声もチラホラあったかも知れないけれど、今回はスーパースターですから。みんな大好きドナルド・サザーランド特集です。
とくに意味はありません。つまり俺んちライブラリーには限りがあるんです。正直なところ、ほとんどが西部劇です。あとは70年代の(偏ったジャンルの)映画がまあまあ。で見回したら、ドナルド・サザーランドが出てる映画がいくつかあるな、というだけです。

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『M★A★S★H マッシュ』(1970)
朝鮮戦争下の野戦病院を舞台にしたブラック・コメディ。
ロバート・アルトマン監督の映画らしく、大勢の役者が出演する中、ドナルド・サザーランドはトップクレジットで堂々主演。サザーランドらが軍医として派遣されてきたところから映画は始まる。

この軍医と仲間たち(トム・スケリットとエリオット・グールド)は、とにかくいい加減で、くだらないイタズラや、悪ふざけばっかし。
しかし彼らは医者としては極めて優秀で、地獄絵図のような状況の中で黙々と手術をこなしていく。
俺たちは医者だから目の前の怪我人は全力で救うが、兵隊じゃねぇから軍規なんか関係ねぇよ、祖国は愛してるが戦争なんかバカバカしいぜ、という心情が、彼らのハチャメチャな行動の根っこにはある。
当時のベトナム戦争泥沼化の厭戦ムードを反映してウケたのだろう。

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ドナルド・サザーランドは「傍若無人」を実写化したらこうなるだろうってくらいの飄々っぷりが最高で、いつの間にか野戦病院のリーダー格におさまってるのも面白い。

朝鮮戦争というと、日本人は直接関わってないような気がしてるが、野戦病院では日本の米軍基地からのラジオ放送が常に流れていて、日本の歌が聴こえたり、さらにはドナルド・サザーランドとエリオット・グールドが後半で、九州の小倉に派遣されてのハチャメチャがあったりと、隣国だったことを思い出して、複雑な気持ちになる。

ある日系人グラフィック・デザイナーの物語。

S・ニール・フジタという男をご存知だろうか。
僕は知りませんでした。昨日知りました。夜中にインターネットで調べものをしていたら、ふと気になる日系人らしき名前が。
こっちを調べました。

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「S. Neil Fujita」
1921年、ハワイ生まれの日系二世。
アメリカ、コロンビア・レコードの主任デザイナー。

何が驚いたかって、この人の存在も名前も知らなかったのに、彼が手掛けたデザインを、僕は既に多く知っていたということだ!
以下、僕が気に入ったものをいくつか。

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Dave Brubeck 「At Storyville」(1954)
新聞記事風のデザイン。LPレコードのサイズだからこそ出来る、洒落たデザインですねぇ。


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Art Blakey「The Jazz Messengers」(1956)
このCD持ってます。メンバーのスナップ写真をコラージュして、音楽のリズミカルなイメージを出してます。


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Don Byrd-Gigi Gryce「Modern Jazz Perspective」(1957)
実はこのアルバムについて調べていたら、「S. Neil Fujita」の名前を見つけたんです。このペインティングもフジタさん。


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Miles Davis「’Round About Midnight」(1957)
これもCD持ってます。僕が持ってるマイルス・デイヴィスの中で、一番好きなやつ。このクールなデザインもフジタさんだったとは!


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The Dave Brubeck Quartet「Time Out」(1954)
日本人が特に大好きな「テイク・ファイヴ」収録の名盤。なるほど確かに「Modern Jazz Perspective」と同じパターンだ。


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Mario Puzo「The Godfather」(1969)
「ゴッドファーザー」の原著のカバーデザインもフジタさんだと!このタイポグラフィーは映画にもそのまま使われてる。

4分ほどのドキュメント映像見つけました。


僕はグラフィック・デザインの世界に興味はありますから、草創期のデザイナーを日本人もアメリカ人もある程度は知っていますが、「S. Neil Fujita」さんのことは昨日まで知りませんでした。
すぐ映画化してください。外国で活躍する日系人の物語、みんな大好きじゃないですか。戦中は辛い目に合いながら、戦後は50年代のアメリカでメジャー・レコード会社のアートディレクターですよ。サントラにはアート・ブレイキーにデイヴ・ブルーベックにマイルスっすよ!